安茂里の牛乳屋さん

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プラントエンジニアという仕事について(特に辛い面の話)

 趣味メインのブログで仕事の話を書くのもどうかと思うが、もし仮に、プラントエンジニアを目指そうという人がいるならば、この職種について一個人としての見解を書いておこうと思う。就職活動している人に届いて、参考にしてくれると割とうれしい。

 

 まず勤めている業界だが、食品メーカーである。原料を調達し、工場で加工し、販路に乗せる。そこそこ大きいメーカーなのは間違いない。全国に製造拠点があり、そして支店があって営業販売をし、諸々の統括を本社とその周辺部署で行っている。

 

 このうち、工場で稼動する製造設備の設計、導入はどこが行うのか?この設計、導入のことを、この記事ではプラントエンジニアリングと定義する。規模の大きい食品メーカーであれば、おそらくどこにもプラントエンジニアリングを行う専門部署(①)は存在すると思う。なかったとしても、プラントエンジニアリングを行う子会社、関連会社(②)があったり、なければ外注先の専門会社(③)がいるだろう。そして私は、①に所属する正規社員である。

 

 まずは具体的な業務について、私自身を例にして説明しよう。プラントエンジニアリングといっても、やることは沢山ある。製造工程のスケジュール立案、そのスケジュールを実現できるように設備の処理能力を決める、工場建物内のレイアウト設計、制御システムの立案検討決定、施工管理、立ち上げ、完工後は工場へ引き渡し、稼働状況のフォローを行う。それぞれの中に小さい打ち合わせやらでかい会議なんかもある。

 施工管理の直前までは基本的に自分のデスクで作業をする。図面をひいたり、書類を作ったりする。設備を選ぶということは、設備を納入するメーカーと折衝することも多い。

 

 さて、全ての計画が済んでいざ施工が始まると、基本的に現地駐在になる。案件の規模によって駐在体制は様々な形態をとる。統括者以下全員が現地に出張ったり、実務メンバーだけがいたり・・・。ここで、プラントエンジニアとしての、(私にとって大変に)つらいところが出てくる。駐在ということはすなわち、”””自宅に帰れない”””のである。そう、”””自宅に帰れない”””のである。大事なことなので(ry

 この点で、プラントエンジニアとしての適正がすごく問われてくることを強調しておきたい。とにかく、自分の布団で寝れないということにストレスを感じる人間は、プラントエンジニアリングは絶対に向いてない。そして数ヶ月先の予定を決めるのがすごく難しい。このあたりは上司の配慮にもよるが、予定を気軽に決められない。

 駐在先の状況も、精神面に与える影響は大きい。都会ならまだいい。娯楽が多いからである。これが一面のクソミドリで、飛行機で1日1便でしかアクセスできないような僻地だと目も当てられない。とてもつらい。

 駐在中は会社にもよるが、ホテル暮らしだったりマンスリーマンションを使ったりする。前者だと自炊もできないので、食事面での健康管理が難しくなる。有体に言えば、太る。太るのだ。

 

 とにもかくにも、施工管理の段階で非常に強いストレスを受けることは間違いないだろう。もちろんどんな仕事でもストレスは多いだろうか、プラントエンジニアリングは格段にレベルが違う。ストレス耐性を備えているか、ストレスをうまく処理できないと早晩つぶれるだろう。

 

 もちろん、プラントエンジニアリング特有のやりがいはある。自分の設計した設備が実際に稼動したりすれば楽しい。ただしその辺の"""いい面"""はネットにいっぱい転がっているだろうし、企業説明会でもその手のいい話はいくらでも聞けるだろう(かくいう私も、説明会に呼ばれてそういう話をした)。

 だからこの記事ではいい話は書かない。つらい面も多いので、その辺が嫌であれば最初から目指さないのが吉だ。少しでも就活生に届くとうれしい。不幸なプラントエンジニアが生まれることを、私は望んでいない。それがこの記事の趣旨である。

 

 趣旨とは違うがもう1点述べておきたい。大学時代の専攻学問は、捨てたつもりでも付いて回る。私は機械工学出身だが、研究室時代の辛い経験から機械工学に関係ない業界を選んだ。それが食品メーカーだったが、機械工学を活かさないといけない部署に放り込まれてしまった(元々製造部門入社で、工場で製品を作ってた。設備を使う側だった)。マジで会社は俺をどうしたいんだっていう想いが常に燻っている。

 

 愚痴のような記事だが、世の学生諸君の人生にわずかでも役立ってくれるとうれしい。コメントで質問も受け付けるので是非。

「〇〇歳になったら一緒に暮らしてもいいよ」

 久しぶりの記事は主に愚痴です。

 

 私事で大変恐縮ですが、タイトルのような台詞を二人の女性から言われました。一人はかつてアプローチしていた女性、もう一人は地元の親友の元カノだったりする。これが万が一実現したとすると、10年くらい先のことになりますね。

 さて最近、この台詞について少し考えてみたが、なんともまあ私にとって言うほどメリットのない話だなあっていう印象を抱きつつある。色々理由はあるが、一番大きいのは「なんで脱童貞を40前後の女で達成せないかんのだ」というところ。その年まで自分自身が童貞であること前提の思考はある種問題ではあるが、まあそこは気にしないことにする。

 さてこの言葉を発した彼女たちがどれだけ本気はわからんが、私は40歳の女で脱童貞するつもりは更々ないし、この発言のおかげで、それぞれへの熱も冷めてしまってまあいっかーって思えたので万事良しとしましょう。

 この台詞、あと10年早く言ってくれていればワンチャンあった。

塩見周子ママとかいう概念

 最近は仕事先でチーズまみれになっているわけですが、いつもの勤め先よりも帰りが遅くなるので疲労がたまる一方ですこんばんは。先日の記事から半年ぶりです。

 

 さて、デレステは先日のガチャ更新で限定SSR周子ちゃん来ましたね。あんまりこういうことをおおっぴろげに言うと刺されそうですが、30連でお迎えしました。水着衣装なんでサマカニあたりなんかは合いそうだなぁとか思いながら育成してます。

 

 と、連日のクソオブ労働による疲労と限定周子の2要素で頭の中がミックスされているせいか、昨日の出勤途中のバス車内でこんなことを呟いてました。

 

 

 自分で見返して、何言ってんだコイツ・・・って気分。

 

 しかしここで思うのは、「周子に母性を求めるのは"""新しい"""のでは・・・」ということである。放浪気味で奔放な女性がいざ母になるというのは、一体どういうものなのだろうかと・・・

 というわけでいくつかご用意しました。

 

1.奔放変わらず放任主義な周子ママ

2.結婚しておとなしくなった割と普通な周子ママ

3.夜の仕事もする周子ママ

4.幼稚園にお迎えに来る周子ママ

5.小学校の参観にやってくる周子ママ

6.スーパーの買い物袋抱えて歩く周子ママ

 

 なんか途中から性質が変わってる気もするけど、割とありですね。

 

 子供二人くらいいる40前半の周子と、同世代なのに未だに独身の奏が街中のカフェでお茶してるシーンとかよくないですか。

2次元と3次元の狭間を漂うオタク

 先日、松井恵理子さんのデビューアルバムが発売されましたね。

 大変めでたい。とてもめでたい。家を上げてお祝いするまである(しない)。

 

 収録曲は11曲。

 虹のような七色の歌声を楽しめるアルバムで、歌手デビューを飾るには最高の作品に仕上がっているのではないでしょうか。とにかく買って聞いてみてくれ。

 

 ところで松井恵理子さんといえば、アイドルマスターシンデレラガールズ神谷奈緒さんのCVでお馴染みですね。かくいう私も「松井恵理子」という名前をはっきり認知したのは同作品ですし、そもそも神谷奈緒さんがテンプレ通りのツンデレなんものですから、私のツボにはまってしまったわけです。昨年の11月28日にSSR神谷奈緒さん迎えたときはテンションあがりましたね。2nd SIDE最高。みんな円盤買おうな!

 

 しかしあれですね、私の場合は神谷奈緒から松井恵理子さんをはっきり知ったわけですが、やはりキャラへの愛が強すぎると、松井さんがデレマスと関係ないところにいてもどうしても神谷奈緒ちゃんが頭をちらつくわけです。これがいいか悪いかは別として、にじようび収録曲を聞きこんでいるとどうしても奈緒ちゃんが歌っているように聞こえてきます。これは松井恵理子さん単独ライブに行くしかないね・・・

 

 誰かチケットおごってください。

街コンに行ってきた話

 最近は写真でお茶を濁していた感じだったので、今回は久しぶりにちゃんとした内容にしたいと思う。(出来るとは言ってない)

 

 タイトルの通り街コンなるイベントに行ってきました、と言ってしまうとそれだけだが、初対面の女性とあれだけ会話をする機会はずいぶん久しぶりだったなぁというのが終えてからの素直な感想でもある。

 開催前まではとてつもなく行きたくなかったのだが、まあ一応は乗り切れたのではないかと自負できるほどには喋ったであろう。多分。

 

 まず行くことになった経緯。

 昨年12月中ごろ、同じオフィスの2年後輩のA、3年後輩のB、1年先輩のCと私の4人で赤坂の土佐料理店で呑んでいた時である。2年後輩のAが唐突に街コンへ行こうと誘ってきた。酒の勢いと、長年の一人身生活に嫌気もあったためにあまり考えずにOKしてしまい、参加する運びとなったのだが、そのあとよくよく考えるにつれて行きたくなさが増してきて、毎日悶えていた。

 しかし流石に一度OKした手前、NOと言い換えるのも癪だったので参加することになった。それでも行きたくなさは変わらない。

 

 当日。会場は横浜駅近傍だったので、西口でAと落ち合って現地へ向かう。

 会場は路地裏の喫茶店で、入り口で受け付けを済ませてテーブルへ着く。システムとしては、一つのテーブルに男女2名ずつ計4名が着席し、一定時間ごとにテーブルを移動して会話~連絡先交換という、シンプルなものであった。進行中は特に面白いトラブルとかもなく粛々と進み、閉会となった。とまあ事実はこんな感じであろう。

 

 さて次はどういう人間がいたか、というお話。席替えは4回あったので同席した女性は計10名となるが、当たり前だがいろんな人間がおるのだなぁという感じである。それぞれの見た目の話はここでは控えよう。

 とある2人組は、どうも視線が定まっていない感じだった。向かい合って会話をするのだが、どうも自分の目ではなくまつげあたりを見られていた気分であった。なんとなくコミュ障ではないのかと変に心配するレベル。

 他2人組では、大層御気の強い女性と静かなその友人というのもいた。ワインをぐいぐいやりながら上司の愚痴でひとしきり盛り上がったのを覚えている。その友人の女性は大人しく話を聞いていたが、どうも心の奥底に何か秘めてそうな印象もあった。

 

 そしてこの街コンに参加して、ああ意外と自分は喋れる人間だったのだなぁと思えたのは一つの収穫であろうか。話題の面白さはともかくとして、初対面の他者とコミュニケーションが取れる能力があることを確認できたわけだから、これまでよりは少しくらい自信が持てそうな気がしないでもない。

 

 ところで街コンに参加する人々には、交際相手や結婚相手を探す目的があるのであろう。なければ高い参加費(特に男)を払ってまで不味い飯は食わないものだ。お前もそうなのだろう?と思われるかもしれないが、自分自身よく分からなくなっているというのが正直なところである。

 

 ここで、冒頭の「街コン行きたくない」につながる。

 これまでも何人もの女性にアプローチしてきたが、これはその人とお付き合いをしたいからに他ならない。しかし不幸にも実ったことはなく、今や魔法使い目前となっている。だからこそ赤坂の土佐料理屋での誘いにも乗ったのだろう。

 しかし誘いに乗った後、本当に恋人や嫁さんが欲しいのか?という疑問を持ってしまった。別に世間的な体裁はどうでもよく、自分の今の生活範囲を守りつつ、赤の他人と同じ屋根の下で40年50年と生活できるのだろうか?と。

 

 ぶっちゃけた話、お金である。お金のかかる趣味をいくつも持っているが、その貴重なリソースを女に使いたいのか???と1か月くらい自問自答しており、今のところその答えは"NO"なのである。自分で稼いだ金は自分のために使うのだ。これは資本主義社会に生きる文明人の本能と言って差し支えないだろう。

 

 なるほど確かに「セックスしたいなら風俗行け」ってことだ。

 街コンに関するお話はここで一応終わりである。

 

 

 

 ちなみに街コンを終えた私は一目散に羽田空港に向かった。お目当てはルフトハンザのレトロ塗装である。

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Lufthans D-ABYT B747-830 LH717

 

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ANA JA802A B787-881

日が落ちる前にこの塗装が見れて大層得した気分であった。